「ったく、遅ぇな……」
とある日曜日。駅前で、いつまでたっても待ち合わせ場所に現れないあゆに文句を言いつづけていたとき、ふと、不思議なものが目に入った。
「霧? なんであの一角だけ霧が?」
ちょうど商店街の入り口あたり、その一角だけ深い霧に包まれていた。
深い霧、全く見通しが利かない霧。
――のはずなのだが、なぜか祐一には見えた。人影が。
「……あゆ?」
霧の中を、奥のほうへと走っていく羽リュック。
見えないはずなのに、見えた。そのことを気にするよりも、まず体が動いていた。
「なんか、不思議の国のアリスみたいだな」
霧の中に入り、あゆが走り去っていったであろう方向へと走りつつ、祐一は漠然とそんなことを考えた。
そしてそれはあながち間違っていなかった。
なぜなら、次の瞬間、祐一は見知らぬ森の中にいたからだ。
◇
「ここは……」
森の中。
だが、祐一が知っているあの森――あゆとの『学校』があるあの森――ではない。
何故なら、木々の間から、見覚えのない、険しくそびえ立つ岩山が見えたからだ。
がさっ!
「ん?」
祐一の目の前で、茂みが揺れた。
「なんだ……?」
見知らぬ場所なだけに、やや警戒を強めながら、その茂みへと目を凝らす。
――と。
「ゆういちくん!」
ぴょこん。と、茂みからなにかが飛び出してきた。
「あ、あゆ。……の生首?」
「うぐぅ、生首じゃないもん」
その物体は、泣きながら訴えた。
「ボク、アユモン。ずっと、キミのこと待ってたんだよ!」
そして、そう言って、ぴょん、と祐一の胸に――
ぱし。
「きゃん!」
跳びつこうとして、祐一にはたき落とされた。
「うぐぅ、ひどい……」
◇
「ほう、つまり、お前は俺のパートナーってことか」
「飲み込みが早くて助かるよ」
アユモンの話によると、祐一がいるこの場所は、デジタルワールドという、コンピュータやネットのデジタルデータで構成された世界の中の、ファイル島という場所らしい。
そして、そのデジタルワールドに住んでいるのが、アユモンのような、デジモンと呼ばれる生物で、他にもたくさんの種類のデジモンがいるらしいのだ。
「で、ここからが重要なんだが」
「うん?」
「なんで俺がそのデジタルワールドとやらに迷い込んでるんだ?」
「迷ったんじゃないよ」
ぴょこん、と、アユモンが跳ねる。
「闇が、広がりつつあるんだよ」
と、さっき祐一が見た、あの高い山を見上げる。
「闇?」
「うん」
祐一の問いに、アユモンが頷く。
「デジタルワールドの闇――暗黒の力ともいうんだけど、その力が大きくなった時、デジタルワールドの意志…っていうのかな? そういうのが、選ばれし子供……子供?」
「……いちおうまだ未成年だが」
「選ばれし子供をこの世界に召喚するらしいんだ」
「ほう」
「それで、ゆういちくんがここに召喚されたのは、たぶん、あの岩山にウイルス種のデジモンが現れたからだと思うんだ」
「ウイルス……、名前からして悪者っぽいな」
「うん。それで、ファイル島に住んでるデジモンを次々に自分の手下にしてるらしいんだよ」
「そうか、要は、そのデジモンをやっつければいいわけだな?」
「うん。ボクもがんばるよ」
◇
そーゆーわけでどんなわけで。
一路ムゲンマウンテンの頂上を目指す祐一とアユモン。
――だったのだが。
「ここはとおさないよー。がおがお」
とおせんぼデジモンのガオモンに遭遇していた。
「通さないといわれてもなー」
と、無造作に、祐一が前に出る。
「わ、とおさないっていってるのに。もしかして、わたし、こわがられてない……?」
「だって怖くねーし」
「がお……。じゃ、じゃあ、これでどうかな?」
そう言うと、ガオモンは、かぱっと口をあけた。
「どろり濃厚ピーチ味〜」
そして、気の抜けるような声とともに、その口から無数の泡が吐き出され、瞬く間に祐一を包みこんだ。
「う、うわ、なんだこれ、どろりっていうかネバネバしてて……くそ、動けない」
「祐一くん! 待って、今助けるから!」
祐一くんが、やっと出会えたパートナーがピンチだ! そう思った瞬間、アユモンの体が光に包まれた。
「アユモン進化ーっ!」
アユモンが叫ぶと、光に包まれたからだが徐々に大きく、そして人型へと変わっていく。
「チビアユモン!」
「な、なんで進化なのに『ちび』やねん」
泡に包まれながらも、祐一が必死に突っ込む。
だが、そんな祐一の突っ込みをよそに、チビアユモンは早くも涙目だ。
「ゆういちくんを、はなして」
「それは無理だよー。この泡は、乾いてパリパリになるまで取れないんだよ」
「はなして」
「だから、無理なんだってばー」
「……ひっく」
「なんか、もうれつにヤな予感がするんだけど……」
「俺もだ、ガオモンとやら」
「ゆういちくんを……」
「あ、えっと、さようならー」
「あ、こら、逃げるな!」
ポニーテールを揺らしながらぴょこぴょこと跳びはねながら遠ざかって行くガオモン。
その影を目で追いながら、祐一は叫んだ。
そして。
「ひっく……」
もうまわりなんか見えていないチビアユモンは――
「うわーん!」
泣いた。力一杯。小一時間ほど。
そして――
「ひっく、ぐすっ、えぐ……。………あれ? ゆういちくん?」
我に帰ったあゆの傍らで、泡から解放された祐一が、体をひくひくと痙攣させながら倒れていた。
◇
「がけ崩れ……」
先へと進んだ祐一とチビアユモン(なぜか頭にタンコブつき)が、寸断された山道を見ながら立ち尽くしていた。
「向こう側まで、ざっと5メートルってとこか」
「ボクが飛べれば……」
「気にすんな、おれも飛べん」
「そういうことじゃなくて……」
困ったように笑うチビアユモン。
だが、ふと真顔になり――
「進化すれば……」
そう呟く。
「飛べるのか?」
「わからないけど、でも……やってみる」
と、正面を見据え――
「チビアユモン進化ー!」
叫ぶ。
と同時に光に包まれ、さっきと同じように徐々に大きくなっていく。
「ウグーモン!」
「てゆーか、あゆじゃねーか」
ダッフルコートに羽リュックという格好のウグーモンをみて、見もフタもないことを言う祐一。
「うぐー。みえないトコロが凄いんだよー」
意味がわからない。
◇
「で、結局その羽は飾りなわけだ」
「うぐぅ、面目次第もございません……」
さっきと同じ場所。がけ崩れで寸断された山道の目の前で、祐一が疲れたように座り込み、その目の前で、ウグーモンが正座して、小さくなっていた。
と――
こんっ。
「ん?」
頭に何か当たったような気がして、祐一は後ろを振り向き、次いで頭上を――
「……あ?」
「ふっふっふ、このキュウビマコモン様の縄張りにノコノコ入り込んでくるとは、なんてお馬鹿さんなんでしょう」
「……真琴に、尻尾が九本」
祐一のその言葉が、崖の上に立つデジモンの容姿を的確に表していた。
「じゃあ、めんどくさいことは省いて、早速こっちから行くわよー」
「んなっ、ちょ、ちょっと待て!」
「問答無用! これでも食らいなさーい!」
と、キュウビマコモンが手をかざすと、祐一の頭上に、テニスコートほどの大きさの、超巨大コンニャクが出現した。
「デジモンでもやることは一緒かっ!」
突っ込みながらも、落下してくる超巨大コンニャクからなんとか逃げるが、いかんせんここは細い山道。すぐ後ろが崖なだけに逃げ場も制限されてしまう。
「くそ、一回ならともかく、そう何度も避けきれないぞ……」
「だいじょぶ!」
と、そのときまたしてもウグーモンが光り出し――
「ウグーモン超進化―!」
「メタルウグーモン……」
なぜかサイボーグ型のデジモンに進化した。
「うぐー……、なんで……」
「ヘコんでる場合じゃねぇだろ!」
「うぐー……、ぎがですとろいやーたいやきー」
力ない呟きとともに、メタルウグーモンが、リュックから取り出したたい焼き型爆弾を3つほどキュウビマコモンに投げつける。
「そんなやる気のない技で倒せるわけがないだろーが!」
へろへろと緩やかな放物線を描きながら飛んでいくたい焼き爆弾を見ながら、祐一が叫ぶ。
――と。
どかーん!
「きゃーっ!」
「……あ、当たった」
「……何故当たる?」
なにか釈然としないものを感じながらも、祐一とメタルウグーモンは、爆風で吹っ飛ばされて行くキュウビマコモンを見送っていた。
◇
デジタルワールドに平和が戻った!
「いいのか? ほんとーにそれでいいのか?」
「どうしたのゆういちくん?」
悩んでいる祐一を気にしてはいるものの、悪者をやっつけたことで、アユモン(バトル疲れで退化した)はご機嫌だ。
そして――
「ゆういちくん、悩んでる暇はないよー。ほら、サーバ大陸へれっつごー!」
「……は?」
「は? じゃなくて、サーバ大陸を支配しているヴェノムアキコモンを倒さないと、元の世界に戻れないよー?」
「いや、そんな話は聞いてないし、第一名前的にどー考えても勝てそうにないんだが?」
「いーから、ほら、行くよー。仲間も探さないといけないしー」
「うわ、ちょっと待て、こら!」
ぴょこぴょこと跳ねて行くアユモンを追いかけ、祐一も走り出した。
冒険は、終わらない。
トップページに戻る