「さてと、こんなものかしらね」
ここは、隆山温泉の老舗旅館、鶴来屋。
その最上階で、ひととおりデスクワークを終えたオーナーの千鶴が、書類をそろえながら、ふぅ、と一息ついていた。
と、そこへ、とんとん、とドアをノックする音。
「はーい、どうぞ〜」
千鶴の声に答えるようにドアを開けて入ってきたのは、3人の女の子。
梓、楓、初音。千鶴の妹たちだ。
「あら、どうしたの?」
「どうしたの、って、今日はほら、あの日だろ?」
「メイドロボさんが来るんだよね?」
梓と初音が言う。
楓もこくこく頷いている。
「来るっていっても、試験的に、1週間レンタルするだけなのよ」
「でもまあ、楽しみなことには変わりないし。で、いつくるんだ? 千鶴姉」
「そうね…、もうそろそろ来るはずだから、下で待ってましょうか」
「はーい!」
元気よく返事したのは初音だけだったが、とりあえず、4人とも楽しみにしていることには変わりなかった。
30分後――
側面に『来栖川エレクトロニクス』と書かれた車が、千鶴たちの待つ鶴来屋に到着。
がちゃ。
と、運転席のドアが開き、30前半くらいの年齢の男が降りてきた。
「えーと…、あ、柏木千鶴様ですか?」
「あ、はい」
「はじめまして。HMシリーズ開発チームの江井と申します」
「あ、はじめまして」
千鶴と江井が、互いにお辞儀し合う。
「で、で、メイドロボは?」
そんなのどかな様子に痺れを切らした梓が、江井を急かす。
「あ、ちゃんと連れてきてますよ。おーい、出ておいで」
がちゃ。
後部座席のドアが開き、そしてそこから現れたのは、綺麗なオレンジ色の髪の女の子。
「はじめまして。HM−13型です。セリオとお呼び下さい」
「あ、はじめまして。柏木初音です」
ぺこり、と初音がお辞儀する。
他の子は、セリオの綺麗さに圧倒されているようだ。
「レンタルということで、パッケージ品ではなく、起動済みですが……、どうかしました?」
その様子を見て、江井が千鶴に声をかける。
「え? ああ、なんでもないです、はい」
「それならいいんですが。……あ、それから………」
「んしょ、んしょ」
「ん?」
梓が車の方を見る。
「よっこら、しょっと。ふぅ〜。あ、開発者A、この車、ちょっと高いでちよぉ、もちっとシャコタンにしてくれないと、乗り降りが一苦労でち」
「ああ、すまんすまん」
「あのー、このガ…ああいえ、子供はいったい……」
セリオに続いて後部座席から降りてきた子供を見て、千鶴が聞いた。
「あ、えと、最新の子供型HMなんですが、まだ実用テストの段階でして、それで、レンタルを申し込まれた方々にテストにご協力いただいてるんですよ。もちろんこの子のレンタル料はいただきませんし、都合が悪ければ連れて帰りますが」
その子供の頭をぽんぽんとたたきながら、江井が説明する。
「そうねぇ、うちもメイドロボのテストなわけですし、とりあえず今回はセリオ…でしたっけ? 彼女だけということで……」
「そうですか……」
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「HMS−12/b マルチでち」
「わたしは、柏木初音。よろしくね、マルチちゃん」
「おう」
初音が、マルチの目の前にしゃがみこんでご挨拶している。
「なんだか、妹が出来たみたいでうれしいなぁ」
「あうあう」
マルチの頭をなでまわす初音。
「あのね初音、レンタルするのはセリオだけで、その子はお断りする……う」
「かわいいの……」
「だからね……」
「妹……」
「その……」
「………ひっく」
「…………」
額に手を当て、考え込む千鶴。
涙目で訴えかける初音。
「しょうがないわね、じゃあ、家のほうでお預かりすることにしましょう」
その千鶴の言葉を聞いた途端、初音の表情が、ぱあっと明るくなる。
「ほんと!? やったー!!」
マルチを抱き上げて喜ぶ初音。
「なんかよくわかりまちぇんけど、異様に気に入られたみたいでち」
と、それを冷静に分析するマルチ。
「まったく、初音には甘いんだから……」
苦笑する梓。
「じゃあ、手続きのほうを……」
「あ、そうですね。梓、ちょっと手伝ってくれる?」
「ああ、いいよ」
「楓、初音、マルチちゃんと一緒に先に帰ってて」
「はーい!」
「はい」
「はいでち」
「へぇ、じゃあ、マルチちゃんってお姉ちゃんがいるんだ」
「はいでち。いまも東京の藤田さんちにすんでるでち。まあ、性能はあたちのほうが上でしが」
そんなことを話しながら3人は歩いていく。
「あ……」
「どうしたの? 楓お姉ちゃん」
いきなり立ち止まってしまった楓を見て、初音が心配そうに訊いてくる。
「電話……」
制服のポケットからピッチを取り出す。
「はい、柏木です。……あ、千鶴姉さん、え? 夕飯? それなら私が……え? 姉さんが!? それはちょっと……いえそうじゃなくて、あの……」
話しながら、初音にアイコンタクト。
そして初音が、マルチに何やら耳打ちする。
マルチが頷き、そして初音が楓にVサインを送る。
「あ、ちょっとまって姉さん。マルチちゃんが話したいって」
そういって、マルチにピッチを渡す。
「あい、マルチでち。あのでちねぇ、今日は、あたちに夕飯つくらせてほしいんでちが……、あい、初音おねえしゃんのおかげで今あたちはここにいられるわけですし、あい、じゃそーゆーことで、グッバイでち」
ぴ。
「こんなかんじでいいでちか?」
楓にピッチを返して、マルチが訊く。
「うん、ありがとう」
そう言って、楓がマルチの頭をなでる。
「あうあうあう、いやそんなアハン、でも言ったからにはあたちが作るでちからねぇってうあうあうあ……」
なでられて、うれしきもちいい状態でしゃべっているから、なんだかよくわからない。
「わたし、メイドロボさんの料理、食べてみたかったんだぁ」
そう言う初音に――
「じゃあ、うでによりをかけてつくりまくるでち」
さらにやる気を出すマルチ。
「じゃあ、材料買っていかないとね」
「あいでち」
「今日は確か、表通りのスーパーが特売日のはずよ」
「じゃあ表通りへレッツラゴーでち!」
もう完全に打ち解けた3人が、スーパーへと仲良く歩いて行った。
数時間後――
帰ってきた千鶴と梓、それにセリオも加わって、5人で食卓を囲む。
が……。
「マルチちゃん……、これ、なに?」
「どーも、HM−12系列は、みーとせんべいの呪縛からは逃れられないみたいでち」
「呪縛って……」
ぽり…。
「楓お姉ちゃん!?」
マルチと初音がそんな会話を交わしている間に、楓がミートせんべいをひとくちかじっていた。
「……だいじょうぶ。おいしいよ」
「いやそんなフォローしてもらわなくても、あたちはへいきでちから…」
「でもまあ、せっかく作ってもらったんだし」
と言って、梓もひとくち――
ぽり……。
「……あ、千鶴姉が作ったミートソースよりおいしいじゃん」
「どういう意味?」
「…い、いやほら、そんな怖い顔してないで、千鶴姉も食べてみなよ」
「………」
千鶴がまわりを見渡してみると、いつのまにか初音も、おいしいおいしいとミートせんべいを食べている。
「じゃあ、ひとくちだけ……」
と、千鶴もおそるおそる食べてみる。
ぽり………。
「……あら? あらあらあら……」
「……千鶴姉さん?」
「くやしいけど、あたしの料理よりおいしいわ」
「ひょっとして……」
そんな様子を見て、マルチはふと隣に座っているセリオに話しかけた。
「あたちは、とんでもない家に預けられたのでは……」
「たしかに、この家のみなさんの味覚は、わたしの一般データと一致しませんし」
「あう………」
これからの1週間に、一抹の不安を抱きまくるマルチであった。
あとがき
はい、1万ヒット記念、「鶴来屋ちびマルチ」いかがでしたでしょうか?
「なぁんか、あたりさわりのない話でち」
そうしとかんと、とんでもない長さになっちゃいそうだったからね。
「そうでちか……」
ちなみに、この話に出てくるちびマルチは、うちの電脳帝国でおなじみの(?)、ちびマルチMk−2です。
「そうそう、ろーま数字の2は機種依存文字らしいでちからね、ちゃんと算用数字にしとかんと」
さらに言うと、「マルチ迷走」のほうのちびとの違いは……。
「違いは?」
漢字まじりでしゃべれる。
「はあ……、そりだけでちか?」
あとはね、設定としては、ファーストちびが、大人マルチのOSにあとからお子様回路を組み込んだものなのに対して、Mk−2は最初から統合されてる。
「窓の95+ブラウザと、最初から一緒になってる新しいやつとの違いみたいなもんでちか?」
そんな感じ。あ、あと、型番が違う。
「そ、そうでちか……」
ま、そんなわけで、電脳帝国のナビゲーター、ちびマルチMk−2の、SSデビュー作でした。
「グッバイでちー!」