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マルチ迷走〜ちびマルチ〜

第3話「鯉キング」

「どっこでしかぁ〜?」
「庭の物置の中にある桐の箱。うちに物置なんてあったっけとかなんで桐の箱なんだとかそーゆーことは全部うっちゃってとにかく桐の箱」
「そんなこといってないにゃー」
「いーから、もってらっしゃい」
「ぶらぢゃー……ってああっ! ものをなげないでくだしゃいぃ〜、わかってましゅぅ、らじゃーでしゅぅ……」
「まったく」
 5月に入ったばかりのある日、マルチがコドモになった記念(?)とゆーことで、10数年ぶりに鯉のぼりをだすべぇか、ということになり、その準備をしているわけだが……。
「まさか、もういっぺん出すことになるとはなぁ……」
 と、浩之が遠い目をしている間に、マルチが鯉のぼりの入った箱を持って……。
 持って………。
 ………………。
 こない。
「マルチ?」
 不審に思った浩之は物置の前まで来てみたが、マルチの姿は見えない。
「マルチ? どこいったんだ一体……、マルチー!」
「あーい」
 ……………………。
 浩之の時間が0.2秒止まった。なぜなら……。
「すたーぷらちな、ざ、わーるど」
 その声がした方向には、マルチの姿はなく、ただ、1メートル立方ほどの箱があっただけだったからだ。
 戦慄のブルーに打ち震えながら、浩之はオープン・ザ・箱のフタ。
 そこには……。
「……なにやってんだ、お前」
 そこには、鯉のぼり(しかも真鯉)をはいたマルチがいた。
 見方によっては、鯉のぼりに腰のあたりまでぱっくり咥えられてるようにも見える。
「……ま」
「ま?」
「まーめーどまるち」
 ごす。
「く・だ・ら・な・い・こ・と・や・っ・て・ん・じ・ゃ・な・い!」
「いたいでしぃ〜、ほんとはあたままですっぽりはいって、こいのぼりさんをつきやぶっててあしだけだして、これがほんとのまーめーどまるち、ってやりたかったんでしけど、べつにそんなことしてもファイトするあいてがいないしそんなんじゃむなしいからなくなくしゃじつしゅぎてきに…」
 ………………。
 …………………。
「……思考回路ショートしたろ、今」
「………めんぼくしだいもございません」
 深々と頭を下げるマルチ。
「さらにだな、たぶんこの箱が重くて運べないから、自暴自棄になって中に入ったんだろうが……」
「まったくもってそのとおりでし。すごいでしねぱぱ、そこまでわかるなんてニュータイプでしね!?」
「いやまあオレのことはこのさいどうでもいいとしてマルチ」
「あい?」
「おまえに頼んだのはそこにあるちっこい桐の箱で、自暴自棄になって入ってたのは檜の箱だ。だいいち、おまえが入れるようなバカでっかい鯉のぼり、いったいどうしろってんだ? そんなのくくりつけるポールなんか、うちにはないっつーの」
 がびーん。
 マルチの表情がそう言っていた。
 ていうか、いつの間にか、おでこにサインペンで「がびーん」とか書いていた。
「なっ…」
 体をわななかせ、マルチは天に向かって吼えた。
「なんたることっ! いままるちのぜんしんには、オーバードライヴをくらったときのようなしょうげきがかけめぐっておりまする! はやくせきせきをさがさねば! っていうかUUUUUURRRRRYYYYYYYYッ!」」
 浩之はしばし熟考し――
「……んとな、おまえがあかりのとこでどんなマンガ読んだのか知らん……いや、だいたいわかるが……、とりあえずもっとわかりやすく話しなさい」
 と促す。
「えーとでしね……、そう、びっくりしましたよさ」
 直立不動で言うマルチ。
「なんか中途半端にピノコ調だがまあいいか…………、ん!? そこにいるのは誰だッ!」
 しゅっ!
 ごん。
 どさ。
 …………………。
 重い沈黙……。
「えーと……、いまのいちれんのできごとにたいして、いろいろぎもんてんがあるのでしが、とりあえずぱぱ、いま、なになげまちた?」
「フタ」
 おそるおそる訊くマルチに、浩之はあっさりと答え、そして物陰に倒れているであろう侵入者を確認しに行く。
「さあ、くせものめ、正体を……って、なんだ志保か」
「ぱぱ、いま、ふたをなげたっていいまちたよね? いちめーとるしほうのひのきのふた」
「ああ」
 そんなやりとりをしている二人の足元には、額からだくだくと血を流して昏倒している志保がいた。

 そんなこんなで……。

「まあ、ながいじんせい、そーゆーこともありましよね」
「そーだな」
「………あ、あってたまるか、そんなもん」
 とゆーわけで、家の中に運び込み、一通り傷の手当てを済ませた頃、浩之たちの会話に突っ込みを入れつつ、ソファーに寝かされていた志保が目を覚ました。
「お、起きたか」
「起きたか、じゃないわよまったく。なんか庭が騒がしいから覗き込んでみたら、いきなり板っきれが飛んで来るんだもん」
「それは違うぞ志保」
「へ?」
 きょとんと、浩之を仰ぎ見る志保。
「板っきれじゃなくて、箱のフタだ」
「そおいう問題じゃなーい! うあっ……」
「ああぁ、まだたちあがったらだめでしししょー、たちくらみぐふぁっ!」
 後ろ頭を叩かれ、マルチが華麗に宙を舞った。ウルトラCだ。
「てめえ志保! マルチにデマふきこむだけじゃ飽き足らず、師匠呼ばわりさせるとは、なに考えてんだコラ!」
「べつに強要してるわけじゃないわよ。コドモとしての心がまえなんかを教えてたら、なんかいきなり、目ウルウルさせて、「ししょーとよばせてください!」なんて言い出したんだもん」
「心がまえ……?」
 浩之はなんか妙に引っかかるものを感じ、ふと、マルチを見てみた。
 今まで気づかなかったが、なぜか鯉のぼりをマフラーのように首に巻いている。
 まずそれをひっぺがすと……。
「あん」
 そーゆー変な声を出す。
 さらに思い出すと……。
 花見では、日本酒をかっくらった。
 イタズラ――たぶんウケをとろうとしてるんだろうが――は日常茶飯事。
 あかりのとこでマンガを読んできては、マネしようとする。
 後先考えずに体当たりをかます。
「………ただの悪ガキになってんじゃねぇかッ!」
「知らないわよ! 前にヒロが言ってた、「お子様回路」とかいうやつのせいじゃないの?」
 志保も立ち上がる。もう立ちくらみはしないらしい。
「長瀬のおっさんが組み込んだってアレか、だがあれはわがままで単純ですぐ泣くってだけで、けっして『悪ガキ回路』じゃねぇっ!」
「師……、志保しゃん……?」
 マルチが口論している二人の仲裁に入ろうとするが、いかんせんチビなだけに気づいてもらえない。
「ぬう、ならば……」
 と、身長を伸ばす通信講座のパンフレットを読んでみたりもしたが、そんなもので状況が打破できるわけはなく、思い余ったマルチは……。
「とお!」
 ソファーに向けて走り――
「たあ!」
 背もたれまで一気に駆け上がってから――
「フライングボディープレ………むぎゅ」
 あさっての方向へ跳び、一人さびしく自爆した。
 そんなほほえましい出来事とはまったく関係なく、口論はつづいている。
「いーから帰れ! 今日こっちに帰ってきたばかりなんだろーが! 自分ちでゆっくり休め!」
「いやよ! 今日は一晩中ヒロといるんだもん!」
「どさくさまぎれになに言ってんだ! これ以上マルチになんか吹き込まれてたまるかっ! とりあえず今日は帰れ!」
 そう言って、志保の腕を掴み――
 ――むにゅ。
「……………………………」
「………………………………」
「………す、すまん、とっさに手を出したもんだから……」
 恥ずかしさで目をそらしたまま、浩之が言った。
「…………なにあやまってんのよヒロ」
「……え? だ、だって……」
「そうでしよぉ」
 志保にしがみついているマルチが言った。
「まるちががっちりがーどしまちたから、だいすけてきにもおーるおっけーでち。ふじょしのていそうをまもるのが、おこちゃまとしてのしめいでしから! ね、ししょー」
「え、えらいわねマルチちゃん
(……そんなこと言ったっけ?)
「おほめにあずかりきょーえつしごくでち。……しっかしさわるのがすきでちねぱぱも。このまえもあか……むぎゅ」
「えーと……」
 マルチの口をふさぎつつ、ちょっとこう、こめかみのあたりをヒクつかせながら浩之が口を開く。
「つまりだ、さっきオレがうっかり触ってしまったのは………」
「ぷはぁ。もちろん、まるちのお・し・り☆ あはん」
「……………志保」
「え? な、なによ……」
 神妙な面持ちの浩之に、ちょっとビビる志保。
「今日は泊まってけ。マルチのしつけについて、お前の意見も聞きたい」
「そ、そうね…、わりと賛成」
 浩之の脳裏には、以前――ちょうど、花見に行く前の日――に自分が口にした言葉が思い浮かんでいた。
『志保のデマに、さらに自分なりの天然ボケ解釈』
「まあ、志保ちゃんニュースもそれなりに厄介だが、それよりも問題は……」
「みたいねぇ……。……ってちょっとヒロ! 志保ちゃんニュースのどこが厄介なのよっ!」
「いやまあ、それも含めてじっくり話すべ」
「でち」

 そして、長い夜がはじまる……。


 あとがき

 はい、ずいぶん久しぶりの第3話です。
 今回のゲストは志保なわけですが、志保って、こんな感じでよかったのかなぁ……。
 なんか、僕の中の志保って、底抜けに元気な娘ってイメージなんですけど……。
 もーちょっと、女の子らしいとこも出したかったなぁ、と。

 えーと、今回のラストにあった、「マルチのしつけ」についての答えが、第4話のメインになります(多分)。
「やっかいでしね」
 いやべつにそーは思わんが。
 えと、次回のゲストは琴音です。もうすでに書き始めてたりしますので、そう遠くないうちにお目にかかれるでしょう。
「なるほど! だからえすえすのへやにあるかりのたいとるが、さいきっくとねこぱんち、なんでしね!? くだらないにもほどがあるでち。おやじぎゃぐよりたちがわるいでち」
 ………こ、このムスメは……。
 ま、まあ、なにはともあれ、第3話「鯉キング」(笑)でした。
「………このたいとるもまたなんとゆーか……、ねえ?」


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