「はふー、きもちのいいあさでちー」
「そーだなー」
海辺で朝日を見ながら、浩之とマルチが深呼吸していた。
昨日、綾香に半ば強引に海へと連れてこられた浩之たちであったが、結局まる1日疲れ果てるまで遊びまくり、その後、綾香が用意してくれた――というかもともとそこにあった――来栖川家の別荘に泊まり、翌日の朝を迎えていた。
「綾香は帰ったんだってな?」
「あい、なんかみょうにいそいでいたようでちが」
「なんか用事でもあんのかな…、遊んでけばいいのに」
「でちねぇ」
「マルチ、今日は何する?」
「そうでちねぇ……、さっきべっそうのかんりにんのおっさんが、くるーざーがあるっていってまちたから、くるーじんぐなんてどうでちか?」
「俺、船舶免許なんて持ってないぞ」
「まったく、つかいもんにならんぱぱでち」
ごち。
そんなことを言うマルチにげんこつをくらわせつつ、浩之はぼ〜っと海を眺めていた。
「クルーザーかぁ、元阪神の外人……それはクールボー。元オリックスの外人……それはフレーザー」
と、浩之がひとりボケつっこみを繰り返しながら水平線を見ていると――
「ん?」
突然、水平線にひとつの影が現れた。
ぱんぱんぱんぱん……
「なんか、安っぽいエンジンの音が聞こえてくるが……」
「あ、ふねがちかづいてくるでち!」
「船?」
見ると、水平線に見えていた影が、しっかりとひとつの物体として認識できるまで近づいてきていた。
「漁船……、いや、どっちかっつーと釣り舟か?」
もっと端的に言うと、ちっこいモーターボートなのだが、その上に、アンバランスなほどの大きさの大漁旗がはためいていた。
「……ぐあ」
マルチが短くうめく。
横にいる浩之も、なにやらぐったりした様子だ。
なぜか。
答えは簡単である。その釣り舟の船首に、来栖川芹香が仁王立ちしていたからだ。
セーラー服(学校ではなく水兵さんの)を着て、パイプを咥え、腕ぐみをし、揺れる水面をものともせず微動だにしない。
「……………………どーゆーキャラ設定だ、あの出で立ちは」
浩之とマルチが立ち尽くしているあいだに、そのボートは、浩之たちの目の前の海岸に接舷した。
砂浜だったから、乗り上げたとかそんな表現の方が近いかもしれない。
無言で、と言うかどうリアクションしたらいいのかわからなくて立ちつくしている二人の前に、船から下りた芹香が歩み寄ってくる。
「……………………」
「あ、こんちは、先輩」
「………………………………」
「え、俺たちが別荘に来てるって聞いたから、小型艇で帰ってきた? なんだ、俺はてっきり……あ、いや、それより……」
海の男になってしまったのかと、という言葉を飲みこみ、浩之は話を逸らす。
「その格好は……、はあ、気分? じゃ、大漁旗は……、その場のノリ? あ、いや、いいんだけどね、似合ってるし」
「………(ぽっ)」
「たいりょうきがにあってるよといわれて、せきめんするおんなのひとってのもめずらちいでちね」
「いや、俺はセーラーのことを言ったんだが」
「ああそうでちか」
「………………………」
「べっつにやきもちなんかやいてないでち。なんでつりぶねでぱんぱんいいながらやってくるおんなのひとにしっとしなきゃならんでちかまったく。だいいちぱぱのにあってるねっていうのはしゃこうじれいばりばりであっていちいちそんなのにめくじらたててたひにゃぁ……」
「おーいマルチー、何やってんだー、先に行ってるぞー」
「いやーんぱぱ、まってぇ〜ん」
芹香と二人ですでに砂浜から道路へと出ようとしていた浩之に呼ばれ、マルチはどたどたと走って行った。
「で?」
古来より、この『で?』というのは、場面転換のときとか、話を進めるときとかに使うものなのだが、この場合の浩之は――
「まんと……」
いきなりマントを羽織った芹香への突っ込みだった。
「…………………」
「え? 降霊術? こんな真っ昼間からか?」
こく。
芹香が頷く。
「べたなてんかいでち」
「まあいいか……。で、なにを呼ぶんだ?」
マルチの頭をごちっと叩きながら、芹香に訊く。
「…………………」
「ほぉ、ヨーロッパで面白い魔術書を見つけたって?」
「…………………」
「は? オプション?」
「………………………」
「……ああ、呼ぶ霊にいろんな条件とか制約がつけられる? ……なるほど、おもしろそうじゃんか」
「………………………………」
「え? 始めていいですかって? ああ、始めてくれ」
と、芹香がまわりに落ちていた枝を一本拾って、それで地面に魔法陣を書き始める。
「……とかげのしっぽ?」
「違うって」
大きな三角形をメインに描き、その中に複雑な模様や魔術文字を書きこんでいく。
「………ru………………」
魔法陣を書き終えると、その前で芹香が、ヨーロッパで入手したものであろう古びた魔術書を手に、呪文の詠唱を始める。
「うーむ」
浩之とマルチも、その様子をじっと見詰める。
そして数分が経過し、浩之が心なしか空気が震えているような気がすると感じはじめた頃。
「……et………caf……………nan」
呪文の詠唱が終わったらしい。
「……………………」
「……え? 成功? って、なにも起きてないぞ?」
「…………………………」
「ああ、オプション、……で、どういう制約をつけたんだ?」
「……………………………」
「………………マジか?」
「………………………………………マジです」
芹香がつけた、呼ぶ霊の条件と制約は以下の通りだった。
タイプ:生霊
名前:クルスガワアヤカ
出現形式:マルチに憑依(体の主導権はマルチ)
制限:自分の意思では体から出られない
「………………………………」
「マルチ?」
自分の横でぼ〜っと突っ立っているマルチに気がつき、浩之が恐る恐る声をかける。
目の焦点が合っていない。
「マルチ?」
しばらくして、その目が浩之の方に向けられる。
「ひろゆき? ……あれ?」
声はマルチだったが、その喋りかたは……
「綾香……」
「あ、ちょっと、なんでからだがかってにあばれて……!」
体の主導権はマルチだそうだから、おそらく突然綾香に憑依されてパニックを起こしているのだろう、めちゃくちゃに動き回っている。
「しかし……」
「………………………」
「いや、なんでメイドロボに憑依できるのかって訊かれても、先輩にわからないことが俺に分かるわけないし………、それより、なんで綾香なんだ? しかも、あんなえげつない制限までつけて……」
「…………………」
「え? なんだって?」
「……………………………抜け駆けには死を」
「えっと、その、ああ、それで」
綾香が逃げるように帰っていったのか。
冷や汗をだらだらと流しながらそんなことを考えつつ、いまだに暴れまわるマルチを見る。
体は動きはするものの、意識が綾香にのっとられているので、思う通りには動かせないらしい。
ままならないイライラが蓄積し、さらに動きが酷くなる。
「………なんて不憫な」
それがマルチに対してなのか綾香に対してなのかはわからないが、同情の涙を禁じえない浩之であった。
……きゅ。
「………んぁ?」
ハンカチで涙をぬぐっていると、不意に芹香に手を握られ、浩之はそんな間抜けな声を上げてしまった。
「☆▼#*&%$@●!!!」
それを見てさらに暴れまわるマルチ(in綾香)。
そして――
「…………………………」
ニヤリ。
芹香が口の端を歪ませて怪しく笑ったように見えたのは、浩之の気のせいだろうか。
ともかく、浩之にとっては、女(ていうか魔女?)の嫉妬の怖さを実感した夏休みであった。
あとがき
やっと出来ました……。前の話は……いつだ? ……1月か!?
「ねん2ほんぺーすでち」
うむ、まあ、それもあと1話で終わりだしな。
「いちわ? でもあとれみぃしゃんとともこしゃんとりおしゃんとはつねしゃんが」
初音は鶴来屋ちびマルチで書いた。
「はう。でもあとさんにん……」
理緒は隠しキャラだからな。HPには載せずに、冬に出す同人誌の方に載せることにした。
「あとふたり……」
愛が足りません。
「ほへ?」
あの二人にはそんなに愛がないので、一人ずつシナリオを考えるのは無理ですたい。
とゆーわけで、次の話はレミィ&智子。
「はあ」
もともと、オリジナルキャラ以外のゲストは一人ずつってことではじめたこのシリーズですが、5話(葵ちゃんの話)では琴音せんせいが(セリフなし)、今回の話では綾香が(セリフのみ)、ってことで、段階を踏んだ上で二人登場に踏み切ったという理由を今思いついた。
「げふぉあ」
さて、次回予告はこのぐらいにして――
「はい」
今回の話ですが、すんごい苦しみました。
途中で全く書けなくなっちゃったんですね。
「しばらくなんもしてませんでちたもんね」
うむ、で、今日久しぶりに書いてみたら、一気に終わりまで書けてしまったと。
今まで苦しんでたのはなんだったんだって感じなんですが、まあ、ほっといたから気持ちの切り替えが出来たんだなと、いい方に考えております。
で、芹香さん、怖いですか?
「すっげぇこわいでちぃ……」
そうですか。でもまぁ、自分を呼ばずに(ヨーロッパにいたんですが)一人だけで浩之と遊んでいた綾香にお茶目なおしおきって感じで。
「おちゃめ?」
ちなみに、最後の芹香、ニヤリとは笑ってません。必要以上に怖がっている浩之の目の錯覚です。
笑っていたとしても、微笑ましい感じでしょう。
「どうわらおうと、じたいはしゃれになってないんでちが?」
さて、次回『秋の味覚(仮)』でお会いしませう。
「なんにもふぉろーなしでちか!?」
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