「ごきげんよう」
「ごきげんようお姉さま。それと瞳子ちゃん」
「私はおまけですか」
八月の第一土曜日。今日は毎年恒例のE川の花火大会の日。
いつもは家の窓から遠くで上がる花火を見るだけだった祐巳も、今年はお姉さまと待ち合わせて花火見物なのである。
――なぜか瞳子ちゃんもついてきたけど。
「すごい人出ですね」
最寄り駅の改札を出て、『順路』と書かれた案内板にしたがって歩きながら、そのものすごい人手に祐巳は圧倒されてしまった。
「人が多すぎて、会場付近では携帯電話も不通になるそうよ」
「そうなんですか……」
と話しながら歩いていると、会場であるE川の堤防が見えてくる。
そして、階段を登って堤防を越え、河川敷に入ると――
「うわ」
黒山の人だかり。
河川敷の芝生なんてもう見えなくて、見えるのは人の頭と敷かれているシートだけ。
「お姉さま、大丈夫ですか?」
「大丈夫って、なにが?」
「いえ、お姉さま、人ごみは苦手なのではと」
「大丈夫よ。花火は空に上がるんだから。上を見てれば周りの人は見えないでしょう?」
そういう問題だろうか。
思わず祐巳は突っ込みを入れたくなったが――
「それに、どうしても祐巳と見に来たかったの」
お姉さまのその言葉でもう些細なことはどうでもよくなった。
「祐巳さま、頬が緩んでますよ?」
「え? そ、そうかな? そんなことないよ、うん」
「……だめだこりゃ」
あまりにも腑抜けた祐巳の様子を見て瞳子ちゃんがため息をつき――
「祥子お姉さま、空いている場所を探しましょう」
一同を先導するように、河川敷へ降りていった。
「降りるとさらにすごいわね」
祥子さまの言うとおり、いざ河川敷へ降りると、そこはもはや人の壁。
そして周りを見ると、あちこちで、携帯で話したりメールを打ったりしている人がいる。
「そりゃ携帯も繋がらなくなるわけだ」
人ごみを掻き分けて歩きながら、納得したように祐巳が呟く。
「だから。はぐれないように気をつけなさい」
「……お姉さま」
「なに?」
時すでに遅く――
「どうやら、瞳子ちゃんとはぐれてしまったみたいです……」
◇
最悪だ。
人ごみに押され、ちょっと怯んだ隙に、祥子お姉さまと祐巳さまを見失ってしまった。
「まいったな……」
持って来た携帯電話の液晶には『しばらくお待ちください』の文字。つまり回線が混んでて使えない。
「そもそも祥子お姉さまも祐巳さまもケータイなんて持ってなかったような気がするし」
しょうがなくあたりを見渡すが、それらしき二人組はどこにも見当たらない。
「さすがにこの中から二人を探すのは……」
と、視界の隅に、見知った顔が見えた気がした。
「祐巳さま?」
いや、違う、祐巳さまは瞳子と同じく浴衣姿だったはず。でも今見つけたのは、Tシャツに短パン姿の、よく見たら男の人。
「あれ?」
ふと、その男の人と目が合った。というか、今の『あれ?』は、明らかに瞳子に対して発せられている。
「え?」
そしてその男の人の顔をちゃんと見て、瞳子は自分が何でその人を祐巳さまと見間違えたかわかった。
「君は確か、祥子さんの従妹の……えっと、松平ドリル子」
「瞳子です」
「そうそう、瞳子ちゃん」
「ちゃん?」
「あ、ええと、瞳子さん」
「はい」
この失礼な人は、祐巳さまの弟の……、確か、祐麒さん。
「えっと、瞳子さん、一人で花火見物に?」
「いえ、祥子お姉さまと祐巳さまも一緒でした」
「でした、ってことは、もしかして瞳子さん迷子?」
「迷子じゃありません。はぐれただけです」
「同じじゃんか」
「違います」
高校生にもなって、迷子のレッテルを貼られるわけにはいかない。
そう、『迷子』と『はぐれた』は、似て非なるものなのだ。
「そういう祐麒さんこそ、今日はお一人なんですか?」
「あ、いや、その……」
「まさか、迷子になったとか」
「違うって。柏木先輩に連れてこられたんだけど、なんかさっちゃんがどうとか言って一人でどっか行っちゃったんだよ」
「ふぅん。つまり迷子ですね?」
「違うってば」
「まぁ、そういうことにしておいてあげます」
「つ、疲れる……」
何故かがっくりと肩を落とす祐麒さん。
おそらく優お兄さまは、祐麒さんを誘って花火見物に来たはいいものの、祥子お姉さまも来てることを聞きつけるか見つけるかして、サポートに行ったのだろう。いつぞやの遊園地のように。
で、置いてきぼりを食った祐麒さんが、顔見知りの女の子を見つけて声をかけた、と。
「それで? 私に何の御用です? ナンパならお断りですよ?」
「いや、別に、そんなわけじゃ……。じゃあ、まあ俺はこれで」
「待ちなさい」
祐麒さんが背を向けた瞬間、瞳子は咄嗟に腕をつかんで引き止めてしまった。
「どうしたの?」
「あなたも私のお姉さまの妹の弟なんだから、責任もって私を送り届けてください」
「微妙に遠いぞその間柄」
「そんなことありません。それに、こんなに混んでて携帯も繋がらないような場所に、女の子を一人で置いてきぼりにするつもりですか?」
「はあ、ナンパはお断りだけど面倒は見ろと? さすがお嬢様、言うことが違うね」
「なにを……!」
「そんな強がらないで、ひとりはいやだって、素直にそう言えばいいのに」
「そんなこと……」
――そう、ひとりは、いやだ。
以前の瞳子は、友達付き合いこそあれ、むしろ孤独を好んでいたはずだ。
なのに、いつからだろう。『誰か』を必要とするようになったのは。
自分の心にぽっかりと開いた穴。それに気付いたのはいつだったろう。
そう考えたとき祐巳さまのタヌキ顔が頭の中に浮かんだけれど、とりあえず全力で打ち消しておいた。
「わかりましたよお嬢様。ちょっと頼りないボディーガードかもしれないけど、ま、いないよりはマシかな」
「た、確かに、いないよりはましですね。それに、花火は一人で見てもつまんないですから。たとえ祐麒さんでも、いるにこしたことはないです」
「……そっか、ありがとう」
「え?」
「言い方はどうあれ、瞳子さんは今俺を必要としてくれてるんだよね? だから、ありがとう」
「……、……どうも」
この人は……
なんでこんなにも、純粋なんだろう。
なんでこんなにも透き通った笑顔をみせるんだろう。
「行こう。あっちのほうがよく見えるよ」
「はい、……あ」
祐麒さんがごく自然に差し出した手を、まるで当たり前のように握ってしまってから、瞳子は自分のしたことに気付いて思わず声が出てしまった。
「どうしたの?」
「いえ、別になんでも」
見た目は祐巳さまとほとんど変わらないのに、握ったその手はなんだかとても力強く感じて、瞳子は……
「あれ? 顔赤いよ? 大丈夫? 暑さで熱出ちゃった?」
「だ、大丈夫です! 熱なんか出てません!」
顔を左右にぶんぶんと振り、力いっぱい否定する。
――手は繋いだままで。
「んー、まあ瞳子さんが大丈夫だって言うんならいいか」
「……ちゃんでいいです」
「え?」
「呼び方」
「あ、そ、そう……、えっと、瞳子ちゃん?」
「なんですか?」
「あ、いや、なんでもない」
手を繋いだまま、なんだか恋愛小説とかによくあるやり取りをする。
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「……そうだ、祐麒さん」
「なに?」
「私、男の人と手を繋いで歩くの初めてなので」
「……そうなの?」
「ええ。だから、せきにん、とってくださいね?」
そう言って瞳子は、今日一番の笑顔で祐麒さんに微笑みかけ、そして、祐麒の手を、強く握り締めた。
離れないように、離さないように、ぎゅっと。
あとがき
えっと、瞳子と祐麒のお話です。
夏コミ前に書いたもの(8月13日の日記参照)ですが、載せるのすっかり忘れてました……。
お話自体は、毎年夏にやっている地元の花火大会からヒントを得てます。
花火、人出、はぐれる、携帯不通、助っ人祐麒くん登場、いい雰囲気。そんな感じ。
ケータイが不通になるのは実話です。アンテナ車が来ない分コミケよりたち悪い。
しかし、やっぱり瞳子ちゃんは書いてて楽しいなぁ。
とは言っても瞳子ちゃん書いたのは初めてだから、ちゃんと瞳子ちゃんになってるかどうかは不安だけども。ちょっと子供っぽくしすぎたかなぁとは思う。
しかしあれだ、ツンデレはよくわからないorz